柿とピー
ムスメよ、父にもピーナツをくれ。
柿の種だけでは辛くてかなわん。
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支払い調書や領収証は一応場所を決めて保管してあるのだけれども、
どういうわけか1~2通、見当たらなくて探す羽目になることがある。
ん~、我ながらこの事務能力の無さは問題だと思う。
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そういえば、こないだドえらく強い横綱が引退したらしい大相撲。
個人的には、彼の人は横綱ではなくチャンピオンだよな~と思ったりもしておりました。
横綱としての品性に問題があって、かなり深刻な問題を起こしたために、
半ばクビのような引退とのことでしたが、
いやいや、彼くらい強いスモーチャンプをみすみす逃してしまっていいのかと思ったりしましたのですよ。
そこで、また無責任に適当な思い付きを考えていたのですが、
逆にもう何でもアリにしちゃえばいいんじゃないかと。
もう国技(なんだっけ?)を返上しちゃって。
税金から補助は一切受け取りません。
これからは自分たちで興行することにする。
名前も「大相撲」から「S-1グランプリ」とか、「WSW(ワールド・スモー・レスリング)」
とかにしてしまう。
少々の不祥事は伝説にしたてあげてしまおうじゃないですか。
場所中に飲酒なんてケチなこと言わず、一升瓶片手に土俵入り。
清めの塩がわりに酒しぶきをぶちかましたかと思えば、
土俵はそのまわりに電流と爆竹を仕込んだ有刺鉄線を張り巡らして、
スモーチャンプであるヨコヅナ同士の一番では「断髪式・デスマッチ」なんかやっちゃう。
当然、負けたほうが丸坊主。
呼び出しはあのホラ、プライドだかなんかに出てる巻き舌の人を採用してさ。
「にいいいいしいいいい!!!!はくう~~~~しょう~~~~ルルルルルュ~~~~!!!!」
うわこれ盛り上がりそう。
行司も悪徳行司とか出てくる。
「ダーク・トクダワラ」とか呼ばれて、
明らかにバトルサークル(勝負俵)から足が出たのに、
「ノーノー!トクダワラ!!」
とか言ってごまかしちゃったり。
もう八百長なんてもんじゃない。
取組前に力水かと思いきや相手力士に向かって毒霧を噴霧して、
時間を待たずに「はっけよいのこった!」とかね。
もう、ルールも総合格闘技顔負けの、パンチ、頭突き、ひじ打ちの応酬、
土俵から出なければグラウンドもサブミッションもアリアリで、
さがり(廻しの前ののれんみたいなやつ)で叩くは首絞めるわでもう最低。
あ、いや、大盛り上がり。
勝負がついたあともまだまだエンターテイメントの余地がある。
「ものいい!」と親方が土俵に駆け上がり、勝者の力士に平手打ちをしたかと思うと、
その力士の部屋の付き人が殺到して、乱闘が始まる。
そしたら翌日の新聞の一面には「○○部屋と××部屋遺恨マッチ決定!」
とかね。
ここまで来ると「初っ切り」が本戦になっちゃったような感じで。
観客もそうだな~、座布団投げるの好きな人が多いようだけど、
前述の金網デスマッチを採用するとそういった”興”的なモノが著しく殺がれるので、
あれと弓取り式を組み合わせて、「ユミトリ・ミニゲーム」なんてどうだろう。
観客は土俵に向けて座布団投げる。
弓取りは弓でそれをたたき落とす。
ただそれだけ。なにそれ。
あとは、最近力士のしこ名を大勢でコールする応援方法も現れた様子。
これまたすばらしくフリーダムなグローバリズムを感じるので、
いっそこの際フーリガンよろしく発煙筒やラッパ…
いや、相撲は日本の格闘技なのでホラ貝がいいかな。
まで使っちゃおうじゃありませんか。
ここまできたらトトカルチョも導入したい。
スモーだから「フトカルチョ」でいいかな。
方屋に電光掲示板をしつらえて、オッズを表示する。
え?民間になったら賭博はまずい?
んー、だったらそこは「特殊景品」という形にして、金額分の文鎮にすればいいんじゃないかなあ。
配当分の金額を文鎮でもらったら、国技館の前に小窓があって、
”たまたま”そこに開店してる古物商に売ればいいんだよ。
三店方式なら大丈夫だよ。たぶん。
それと、土俵に女人があがってはならないというシキタリも、
そろそろ撤廃してもいいかもしれない。
取り組みが始まる前には女性ボーカルによるコンサートをしちゃおう。
バレーボールみたいに。
あのほれ、パヒュームとかがテクノなポップで
S-1グランプリ公式ソング「BU★BU★BUTUDAN返し」とか歌えばいいんじゃね?
ま、全部冗談だけどネ!
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オリンピックに出場する選手の記者会見での悪態が話題になっているようで、
先日たまたまその様子を見ちゃったのです。
まさに「見ちゃった」というやつで、
だいたいどういうものかは予想できていたので、
なるべくなら見たくなかったのが本当のところなのですが、
見ちゃったのです。
以前にも書きましたけど、
若い時ってのはホント、色んな事を知っている。
でも分かってないこともけっこうあって、
その誤差が間違いを生んでしまうこともあるんでないかな~。
たぶん、けっこうたくさんの人が、
大なり小なりそういう勘違いをやらかしていくんじゃないかな~と思うのですよ。
ほとんどの人はそれを自分の中に閉じ込めて過ごしていると思うのですけれども、
そういう勘違いをはらんだまま公の場に出る機会のある人は、
よほど注意したほうがいいのは間違いないわけで。
その伝でいくと、若い時に公での発言が求められることが多いスポーツ選手は大変だなって思ったりもします。
だって、そういう勘違いが劣化ナシのデジタル映像として全国に放送されて、
残っちゃうわけですから、コレ、かなりキツイ罰じゃないでしょうか。
こういう様子を見たくないなってのは、
記憶の鍵となって、自分の中の奥深くにある「やらかした勘違い」の引き出しを開けてしまうからなのです。
まあ~、出るわ出るわ。
ジャンジャンバリバリです。
ホント、そういうのを全部棚に上げて「けしからん!」と言えれば実にラクなのですけれどもね。
なかなかそうもいきません。
さておき、
日本代表の選手の皆様、
がんばってください~!
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先日、ウチのサイトにアクセスしている人の国籍を見られることを知りまして、
(あ、どこの国から見てるかってことだけです。)
これを見てみたところ、予想以上にいろんな国に住んでいる人が、
見てくれているんだな~…ということがわかりました。
圧倒的に多いのは当然我が母国日本なのですけれども、
アメリカ、イギリス、オーストラリア、香港、カナダ、
ドイツ、中国、フランス、マレーシア、ニュージーランド、
ブラジル、エストニア、タイ、韓国、スウェーデン、シンガポール、
ベルギー、スイス、クエート、台湾、イスラエル、メキシコ、
セネガル、アラブ首長国連邦、オーストリア、ペルー、インド、ベトナムなどなど・・・
それぞれ数百~数十のアクセスがあるらしい。
世界のいろんな地域で読まれているってことが嬉しいのはもちろんですけど、
風景はもちろん、匂いとか、寒暖とか、周りにいる人々がこことは違う、
異国の風景の中に、自分の作ったものがあるのだな~…と。
いったいどんな人が、
どんなふうに読んでくれているのだろう?
想像するだけでわくわくするのです。
メールなんかで、よくお礼をいただくのですけど、
かえってこちらがありがとうございますと言いたいです。
ホント、読んで喜んでくれる人がいてくれるから、
描きたいなっておもうのですから。
ただ、全部のメールに返事を書くってのはなかなか出来ていないのが
申し訳ないのですけれども、
本当にうれしいです。
今日も読んでくださってありがとうございます。
これからも、お時間のある時にでも読んでいただければ幸いです。
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日々に追われているうちに、
つい先日誕生日を突破してまして、
なんと34歳になりました。
いやはや、すっかりオッサンです。
しかしこの年代になって感じるのは、
もう若くはないのに、
確固たるなにかがわかったかというとそんなことも全然ないよな…
ってことなのです。
なんだろうかこの中途半端感は。
若い頃のほうがもっと全能感のようなものがあった気がするな~…
なんて思いつつ、その辺のことをぼんやり考えていたのですが、
なんでも分かっていたわけではもちろんないんです。
ただ、「なんでも知ってるもんね!」と空威張りすることはすごく多かったな、と。
若い時ってホント、色んな事を知っている。
知っているけど分かっていないんだよな~…と。
歳をとるとともに、結婚してみたり、子供が生まれてくる過程を見たり、
その子供を育ててみたりしていて、頭で「知っている」ということと、
実体験を通して感じ、「わかった」ことでは、まったく違うんだな。
と思うことがたくさんありました。
なんつーか、例えばひと品の料理があったとして、
本で読んで材料や作る手順を「知っている」のと、
実際に作って、食べてみて、手間や味が「わかる」という違い。
今の時代はホント、いろんなレシピが溢れかえっていて、
それらをよく調べれば、その料理についてすごく詳しくなれる。
まるで実際に食べたことがあると”勘違い”出来るくらいに。
でも、どんなによく知っていたとしても、
実際に食べてみないことには体の栄養にはならないわけで、
その料理に関する話をしても、やはり実際食べた人の言葉のほうが説得力がある。
不味い思いをするのが嫌だとか、
腹痛を起こすのが怖いからといって食べないでいると、
いつまでも大きい体に成長出来ないし、
食べることへの理解も広がらないんだよな~。
なんて思ったりしたのです。
そういうことだけはわかるようになったような気がするのですけど、
一番身にしみてわかったのは、
「ホント、俺ってなんもわかってねえなあ…。」
ということだったりするんですよね~。
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女性は自分の髪を結うから、みんな出来るものだと思っておりましたが、
得手不得手はあるんですよね~。
なんとなくイメージで思い込んでおりました。
まあ、自分から比べたら、
相方の髪結いはかなり上手かつ、バリエーション豊かなのですが。
せっかくムスメの髪を結う機会が出来たのだから、勉強して、
「ボルケニック・トルネード・ペガサス盛り」
くらい出来るようになりたいものだと思ったとかなんとか。
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近頃…つーか、けっこう前からかもしれないんですけど、
謝罪とか引退なんかの記者会見で、
「泣くタイミング」でフラッシュがバシャバシャ焚かれ、
テレビカメラがグググイっと目元を大写しにして、
泣いているかどうかを確認する。
あれって、個人的にですけど、
すごくなんだかな~…と思っちゃうんです。
みんなで泣くように仕向けて、
「泣いたか?泣いたか?ホラ泣いた~!やった~!」
っていうね。
な~んかこれって「イジメっこ視点」な感じがするのです。
公共の電波を使った「イジメエンターテイメント」というか。
ひどく幼稚な残忍性を感じる。
それと、甲子園で、負けた高校の球児が甲子園の砂を集めるという恒例行事。
ここでも似たような光景を目にする。
泣いている高校生(子供)に、覗きこむような視点でレンズを向けるカメラマン(大人)。
カメラを向けているほうは、生活するために仕事でやっているのでしょうが、
しかしながら引いて見る側としては、どうにも異様な光景としか思えない。
しかしこういうのって需要があるから撮るんだろうか?
みんなこういうのを観て、感動したり共感したり納得したり、
あるいは溜飲を下げたりしているのかなあ?
私なんぞはテレビはニュースとたまのスポーツ中継くらいしか観ないので、
平均一日1時間ほどしか観ないと思われ、
こんな偉そうなことをいうのは実におこがましいのですけど、
テレビは物事を分かりやすく簡略化させ過ぎようとして、
ひどくつまらないものになった気がする。
べろべろばあ~!だけでは、子供も笑うに笑えないもんね。
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近頃の天気予報は晴れや雨などの記号に、
CGを使って楽しく見えるように工夫されていたり、
風景の映像がしみじみ流れたりするので、
ムスメにとっては、それらが見ていてちょうどよく面白い様子。
出てくる文字も簡単なものが多いので、
すんなりと頭に入ってくるらしい。
本当に子供ってなにからでも吸収するから、
それを観ているのも面白いものである。
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「チヤホヤされる」
という言葉は、どっちかっていうとネガティブな意味でつかわれることが多い。
調子に乗っているとか、過大評価されているとか。
でも、他人がチヤホヤしてくれるというのは、
チヤホヤされるだけの何かがその人にあるからなんですね。
チヤホヤは評価なのだから、
されないよりはされたほうが断然いい。
出来ればたくさんされて、
チヤホヤ慣れしておくとなおいい。
「チヤホヤされたいからがんばる!」
と素直に思えると明るい努力の燃料になるし、
チヤホヤにつきものである後ろ指ややっかみにも慣れて、
矮小な悪意なんぞにめげることもなくなる。
チヤホヤを力に出来る人は、よい推進力を持っていると思う。
我が子には、
「チヤホヤされても調子に乗るな!」
なんて言わないで、
「チヤホヤされるようにがんばりなさい。」
と教えてあげたいものです。
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争い事は疲れるしおっかないので、
なるべくなら関わりたくないところなのですけれど、
困った事態というものは虫歯のようなもので、
放っておいてもひどくなりこそすれ、自然に治ることはない。
権利や道理を守りつつ、心穏やかな生活をしたいなら、
するべきところではちゃんと反撃しないといけないんだな~。
と、近頃思うようになりました。
それと、どうせやるなら一番効果的な攻撃方法を調べつくして、
徹底的にやることも大事だなと。
でも、やっぱしそういうことは無いのが
一番なんですけどね。
争い事はゲームだけでいい。
レーヴン工業万歳!
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