花火のあと

近所で夏祭りがありまして、
花火などを見てまいりました。
ムスメは去年よりも「キレイ!」ということをハッキリ認識出来るようになったらしく、
ドーン!パーン!パラララ!と咲く花火に、
「きれいだねー!あかー!きいろ!みどりー!」
とはしゃいでおりました。
花火が終わってからも、
「もういちど!もういちどみるー!」
と泣き叫ぶムスメ。
「なーに言ってんの!花火はそう何回もできないの!」
とか言いながら、妙なことを言うもんだと可笑しくなっていたのですが、
そこではたと、
ああそうか!DVDやパソコンの動画のように、
何度も見られるものだと思っているんだなー…
と気づきました。
考えてみると、ムスメは生まれたときから
「何度でも見られる」という便利が当たり前なんですよねー。
自分が子供の頃って、基本それっきりだったとおもう。
たとえばテレビでも、ビデオですらそんなに普及していなかったから、
テレビのアニメは見逃したらそれまでだったし、
好きな番組なんかは少しでも反芻して楽しめるように、
それは一生懸命見ていたような気がします。
ホント、今みたいに手軽にDVDなどで見たいものが見られるって、
夢のような便利さだなー…と思ってしまいます。
花火を通じて、ムスメとの考え方のギャップを感じました。
手軽にいつでも何度でも見られる便利が当たり前というのはたしかに羨ましいけど、
一期一会ともいえるような、あの濃密な、
沸き立つ意識も実によかったんですよねー。
今の子供って、見たいテレビがあるから、
全速力で家路につくとかするのかなあ?
考えてみると、今の時代ってホント、
自分の都合に合わせやすい世の中になりましたよね。
見たいものはお手軽になんどでも見られる媒体が激増し、
情報も、ネットなどで欲しいものをすぐに取り出せる。
買物だって店に行くより、ネットのほうがすぐに見つかって確実に手に入り、
最安値さえも瞬時に調べられるから、送料を含めても安いことが多い。
連絡だって携帯電話ですぐつながる。
便利がありふれたものになって、
自分が都合を合わせるってことの割合が、
昔よりはるかに減ったよな~って感じます。
そういう世の中で育つムスメ。
「自分に周りが合わせるのが当たり前」
という考え方にならないように、慎重に育てていかないとな~…
って思います。
今のご時世、
これけっこう難しいことなのかもよ。
がんばります。
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