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マイバッグの周辺

E1975

最近になって、ようやく買い物にマイバッグを持参する習慣が身についた。

マイバッグは素晴らしい。
なんといっても台所の片隅にあるレジ袋の山の膨張を止めてくれたことが大きい。
レジ袋というものは、始末に困る。
取っ手つき袋という体が、「いつか、何かに使えるんじゃないか…?」
という期待を抱かせ、捨てるにはもったいないような印象を持たせる。
しかし、日常生活においてレジ袋が活躍する機会というのは、思いのほか少ない。
地球環境云々より以前に、台所環境に優しいのが嬉しい。

近頃は、レジに行くと
「マイバッグはお持ちですか?」
と聞かれることが多いですね。
一応、大体のお店には「レジ袋要りません」という意志を無言裡に表明するためのカードが用意されているのだが、それが入っていない場合でも、「レジ袋要ります」という意思に直結せず、
上記のことを訊ねられることが多い。
たまにバッグを忘れてきたり、たまたま持っていない時に買い物をすることになった時など、
「持ってません。」と答えるのがつらい。
「持たざる者」であると申告しなければならないのが悲しい。
後ろで待っている買い物客に、「あの人は持っていないのだ。」
と気取られるのが恥ずかしい。
「いつもは持っているのですが、今日はたまたま忘れました。」とか、
「今日はどこそこに寄っていて、急に思い出して買い物に来たので、持ってこなかったのです。」など、
逐一説明及び言い訳をしたくなる。

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バッグを持っていると、チェッカーのおばさんがチェックした品物を直接袋に入れてくれることが多い。
個人的体感記憶によれば、レジ袋時より約30%増で、そういった「おまけサービス」が享受できる。
あのバッグに入れてくれるのは嬉しい。
チェッカーのおばちゃんはレジのプロなので、バッグ収納能力にも特化していることが多い。
チェックをしつつ、割引品や時には惣菜など、バーコード別添の商品にキビキビと対応しつつ、
バッグにはしっかりと重くて固いものを下に、軽いものやもろいものは上に、シル気のあるものはピッピと別のビニールにいれてくれる。
驚くことに、手に提げたときの安定感にまで配慮されていて、
名人の楔を穿たれ、1000年の安定を付与された建築物のごとき買い物バッグに、
長年蓄積された知恵と技術をまざまざと見せ付けられる。
自分も品物収納にはそれなりのキャリアとノウハウがあったつもりだが、
所詮は素人芸に過ぎないのだと思い知らされる。

マイバッグには時として敗北感と畏敬が付きまとう。

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