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チルチルミチル

E1759

散華という言葉は、死をつかさどっている。
きらびやかではあるが、
黒々とした闇をもまた内包した言葉である。

日本人には大きく分けて散華好きな人と、
散華はどっちでもいいという人にわかれてくると思うのですが、
どちらかというと、好きな人が多いんじゃないかと推測します。
なぜならば、
散華は意外なほど我々日本人の文化に根ざしているからです。

たとえば、春先雪解けの陽気に縁取られる桜の花。
たとえば、真夏の潤んだ空を彩る打ち上げ花火。
これはふたつとも散華です。

散る間際に満ちる一瞬のきらめきと、
散った後の物寂しさとの狭間に、
風情という名の趣を見い出すのが日本民族というものであって、
この二つが見るのも嫌い、
という人はあんましいないはずです。

つまり、
日本人の大部分は散華好き、
といえるわけです。

「イヤ、それはどうだべ?」
とおっしゃる方もおられるとは存じますが、
ノー・リッスン・イアー(聞く耳持たない)で
強行に話を進めます。

日本人の散華嗜好は果たしてどこから、
いつ頃から始まるのだろうか。
そういった疑問を長年抱いておりました。
しかし、自分の物心がつい最近備わったという事情もあいまって、
実体験としての発見には及ばなかったのですが、
近年、思わぬことに育児の現場において、
氷解の時を迎えることとなりました。

ウチのムスメは、
海外(※1)生まれの私と、
日本人の母との間に生まれたハーフ(ダブルでも国際児でもいいです。)である。(事実ママ)
しかし、生まれつき特に日本の血が濃かったためか、
生後間もない頃からその嗜好が顕在化しました。

それが、ほかならぬ
「リモコン落としブーム」
でなのです。

テレビのリモコンを可能な限りの高所から落下させ、
本体および裏面から電池やカバーが爆ぜる様を愉しんでいる。
それは間違いなく、
花の散るさまを愛でるがごとき
「散華嗜好」
に他ならず、
すなわち人生においての
「散華初め」
である。
という結論に至りました。

「パキャー!」
という香ばしい音をたてて分解するリモコン。
その様をニコニコと見下ろすムスメ。

つまり、
散華嗜好は、乳幼児期から発露する。
という結論を得たということなのです。

そのあたりをムスメの様子をじっくり観察しつつ
さらに考察と裏づけを進めたいと思ったのですが、
回を追うごとに、
明らかにボタンの利きが鈍ったのと、
転がりでた電池を飲み込む危険性があるなどの理由から、
リモコン落としは禁止という方針が下され、
ムスメのブームは終焉を迎えたのでした。

(※1:北海道生まれ)

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