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花になった犬

E1129

動物を飼うってことは、
生まれることも生きることも死ぬことだって、
丸ごと請け負うことだから、
今まで同じように迎えたり、見送ったりして、
受け入れ方も知っているつもり。

気持ちの穴は日常が流れ込み、
静かに埋めてゆくけれど、
ピンホールのように寂しさが残るものだ。

ちゃんと見送ってはやれなかったけれど、
さようなら、まる。
 
 
 
うう、悲しいでやんの…。

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【つぶやきの話】」カテゴリの記事

コメント

寿さま こんばんは
Cyberです
元気出せ!寿さん!
「まるちゃん」にも絶対気持ちは伝わってるよ!
こんな素敵なカット描いたんだから、絶対伝わってる。
猫派の私も、つい貰泣き

投稿: Cyber | 2006年8月 7日 (月) 00:23

私も1月に約20年一緒に暮らした愛犬を亡くしました。
寿さんと同じように私の場合もまだ実家の定位置に
尻尾を振って愛犬がいるような気がします。
ピンホールの穴は消えませんね。

投稿: saijiki | 2006年8月 7日 (月) 00:45

切ないですねぇ。

「死」っていうのは、ドギツい程に目の前でその姿を見せつけられないと、なかなかハッキリと認識できないし、受け入れられないモノですよね。
頭では解っていても。

私は、幸か不幸か、31歳の今の今まで、いつも出会っているような身近な命というモノが、ハッキリと解る形で「死」へと足を踏み入れるのに、立ち合ったことがありません。
だから、命を失うと言うことが、頭でしか解らなかったりします。

そう言うこともあって、「死んでもう会えなくなったモノ」に対してよりも、「もう会えないのに、それを受け入れられずいる残されたモノ」を切なく感じてしまう。

そして、今、記事を見て、切なく感じています。

私が言えることは、そんな風に常に身近に想って貰えるまるも、そんな風に感じさせてくれるまると一緒にいれた寿さんも、間違いなく幸せだということ。幸せだったということ。

まるのご冥福をお祈り致します。

投稿: ゆーす | 2006年8月 7日 (月) 01:21

はじめまして。いつも読ませていただいているだけなのですが、今日の日記にはどうしてもコメントしたくて書き込みさせていただきます。
私も先々月に飼い猫が車に轢かれてしまいました…。
実家からの電話で知ったので、お別れは出来ず、やっと帰れたときにはもうお花の下で眠っていました。
耳が悪くて、病気持ちでもって3年の命だといわれていたのである程度覚悟はしていましたが、やっぱり悲しいですね。
いまだに泣いちゃいますが、乗り越えていこうって思います。
寿さんもがんばってください!

では、長々と失礼しました。

投稿: 虎子 | 2006年8月 7日 (月) 03:06

いやペットって何気に心で大きな部分を補っていますよね
Dは今海外にいるので
2年間ぐらい実家のネコ達に会ってないんですが
病気になったとメールが来るたびに
”一時帰国しようかな?”と真剣に考えてしまいます
それぐらい大事です

さよなら、というよりもまたね~。

まるちゃんが犬天国で走り回っている(または放浪)ことを祈ります

投稿: D | 2006年8月 7日 (月) 05:00

まるちゃんは本当にいつもフラフラと出歩いていて、事故に遭ったのも家から6キロも離れたところでした・・・
普通なら「もう何日も帰ってこないね・・・」と自然にあきらめるようなところ、親父さんが偶然車で通りかかって道路端の亡骸を見つけたのです。
きっと、まるちゃんはおとうさんに見つけて欲しかったんだと思います。
きっと、まるちゃんはおうちに帰ってきたかったんだと思います。
きっと、まるちゃんは緑とお花に囲まれたおかあさんの庭で眠りたかったのでしょう・・・・

かわいい犬でした・・

投稿: 編み助 | 2006年8月 7日 (月) 07:40

悲しいね、悲しいよね・・・もらい泣きです。
まるちゃんのカット絵がこんなに愛らしくて、寿さんの心の中にはそんな笑顔を向けているまるちゃんが居るんだなあ、今はお花になっちゃったの・・・淋しいじゃないか、さよならも言わないで・・・と。私事、最近犬を飼ったのです。犬が人間に与えてくれる大きな愛、私はそれを勉強しながらこれからいつの日かお別れしなければならない日まで・・・今から既に考えてしまうのですが、辛すぎていけません。
心からまるちゃんのご冥福をお祈りしています。

投稿: kanno | 2006年8月 7日 (月) 08:26

寿さん、こんにちは。すご~く久しぶりの咲良です。・・・・・前に結構何度かコメントさせて頂いたんですが、覚えてらっしゃるでしょうか(^^;

うちも、私が中学の頃から16年間飼ってた実家の犬が、去年の秋にいなくなりました。もうすっかり老犬で、目も耳も弱っていて、散歩の時に側溝に落ちかけたりするぐらいのご老体。そんな体で、家族の目を盗むように姿を消したのです。

最初の数日こそ両親が探し回りましたが、あの老体では野良として生きてはいけまい・・・と泣く泣く諦めました。16年も一緒にいたんだから、最後まで看取らせて欲しかった。今でも、犬小屋があったスペースを見ると違和感を覚えます。

きちんと最後を見たわけではないので、今でも、心のどこかでひょっこり帰ってくるんじゃないかと思ってる自分がいます。ある日突然、母親から
「ムックが帰ってきたよ!」
というメールが届くんじゃないかな、って。


寂しいですね。長々とごめんなさい。

投稿: 咲良 | 2006年8月 7日 (月) 09:54

虹の橋の下で 先に逝った動物達が み~んなで楽しく遊んでるんだそうです そしてある日 耳がピクンと動いて 遠くを見ると懐かしい人がこっちへ来る
もう 新幹線並みに走って行って じゃれついて
その人と一緒に虹の橋を渡って 天国へ行くそうです
その話を読んだとき うえ~~~ん でした

投稿: ぬっきー | 2006年8月 7日 (月) 12:32

死は生きてるものに平等に訪れるもの・・・
とっても悲しいです
ペットは私たちより早く死んでしまう
でも
愛してあげた分きっと天国に召されていると信じています

ご冥福をお祈りします

投稿: よっしー | 2006年8月 7日 (月) 18:47

犬じゃないんですけど ウチも猫が今までに、3匹逝っていきました。
その三度目でクロマメという猫と、コージという痩せた猫がいました。
コージが逝き、クロマメも逝った数日後、たき火する機会があったのです。
それでこっそり紙の端に、「クロマメ、コージ、いつか夢の中で会いに来てね」と書いて燃やしました。

そしたらその二週間後ぐらいに夢の中で会って、嬉しくて、たまらなかったのを覚えてます。

寿さん、まるちゃんのご冥福をお祈りします。

投稿: 和ン家。 | 2006年8月 7日 (月) 21:21

いい言葉を捜しましたが…出てきません。
ただ、今は手を合わせるそれだけです。

投稿: Q@N デイリーさくら | 2006年8月 7日 (月) 21:43

何よりも、まるさんの
ご冥福お祈り申し上げます。

悲しみは痛いほど分かりますが、
やはり疑問がありましたのでコメントさせて
いただきます。

フラフラ寄り付かない犬とあるのですが、
ただ、放し飼いにしてあったのでしょうか?
たまに道路などで野良犬をみかけますが、
犬も車も互いに危険な存在となっております。

もしも、つながれていたならば
このようなことにはならなかったのでは
と考えたら悔しい思いでいっぱいです。
まるさんのためにも、
今後は二度とこのようなことのないよう
行動していただきたいと思います。

また、不特定多数のみなさんが見るサイトにおいて
このようにフラフラと犬を飼うということを
あたりまえのように描かれることも理解できません。
近所の迷惑も考えられないご家庭ということを
さらしているようなものかと思います。

動物好きの方だと思ってこのような
コメントさせていただきました。
ご理解よろしくお願い申し上げます。

投稿: あかね | 2006年8月 7日 (月) 22:36

事故死って、なんか実感湧きませんよね……
ひょっこり帰ってくる気がしちゃいますよね……

投稿: カズ | 2006年8月 7日 (月) 22:38

まるちゃん…隠れファンだったのに私(泣)

うちにもつい最近花になった猫がいます。
寿さんと同じくその瞬間は見ていなかったけど、いつまで待ってもずっと目の前に現れない日々を重ねるうちに、やっと自覚できるようになりました。

時間は悲しい記憶を少しずつ洗い流してくれるものだと思ってたけど、悲しみの実感を深める役目も果たすのだなぁ…とガラにもなく思ったものです。


天国でまるちゃんが寿さんと一緒にいた時と同じくらい幸せにしていますように。
もちろん、うちのたーちゃんもね。

投稿: 彩子 | 2006年8月 8日 (火) 00:12

>あかねさん

横レスですが・・・
確かにブログは不特定多数の方が見るものですものね。補足説明が必要かも、と、しゃしゃり出てきました。


「まるちゃん」の住む所はかなりの山里で、庭先にツキノワグマやカモシカそして猿が顔を出すところです。
このあたりでは犬は「ペット」としてだけでは無く「熊よけ・猿よけ・人間よけ」として家や作物を守る「番犬」の役目を持っています。
繋がれている「ペット」では山の「番犬」は役立たない事情があるのです。
猿は犬がつないであると平気で家や畑を荒らします。繋がれている犬は熊と出くわしたとき逆にやられます。人間は山は皆のものだと勘違いして、山菜や作物を盗ったりします・・・(誰のものでもない土地はありません。山はどこも、私有地か国有地かです。)


山は都会の人の癒しの場としてだけ存在するのではなく、山の生き物と山を守る人間の生活の場なのです。そこには昔ながらの知恵やルールもあることを、ご理解いただければと思います。

投稿: 編み助 | 2006年8月 8日 (火) 09:35

皆様へ

お久しぶりです。
作者@トシです。
コメント返信が溜まりに溜まってます!
ごめんなさい!!!

ええ~、今回の「まる」の件、
励ましのお言葉をくださった皆様、
ありがとうございます。

そして、
「放し飼いは無責任」
というご意見をくださった方、
それもまたごもっともです。

いえ別に日和っているわけでなく。

如何に山の奥の奥とはいえ、
車どおりが全然無いわけではありませんからね。
ご迷惑をおかけした部分もあります。

もちろん、姉の言うとおり、
山独特のルールや都合というのも確かにあって…というものあります。

なにしろ、記事中に言葉が足らず、
大変申し訳ございませんでした。

今後気をつけます。


作者@トシ

投稿: 寿@管理人 | 2006年8月 8日 (火) 16:44

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