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悶絶レモンティー

E0860

先日、某カフェでレモンティーを頼んだ。

その店では、
レモンティーといってもティパックを突っ込んだストレートの紅茶に、
レモンの絞り汁の入ったパックと、
紙製の筒に入った砂糖が添えられているシロモノで、

つまり、店側でも

「便宜上、レモンティーと名乗っておりますが、そちらのご都合に合わせてストレートということにしていただいても当方一切の異存はございませんです。」

という姿勢が見て取れるメニューとなっている。
 
 
その意思を汲み取って、
いや、砂糖やレモンを入れた飲後感を嫌ってということもあるけれども、普段の私は何もいれずにストレートティーとしてすすっていた。

少し渋めの紅茶。
まあ、値段に見合った味といえる。
 
 
 
しかし、その日はたまたま気が向いて、
初めてレモン汁と砂糖をフル投入するという壮挙に出た。

そして、
一口目をすすったところでその壮挙は暴挙であったと気づいた。

本来レモンティーというものは、
レモンの強烈な酸味の中のわずかな甘みを補完すべく砂糖を入れることで、甘サワヤカな風味がキモチイイ飲み物になると思うのですが、
そのレモンティーは、
見ず知らずのレモン汁と砂糖を無理やりに紅茶の中に押し込め、

「一緒にいりゃぁ、ともかくカタチになっぺ。」

というひどく手荒いカップリングによってレモンティに仕立て上げられたような関係だった。

たとえるなら、薄めたケチャップをあっためたような、
ちぐはぐな味。

レモンティというかむしろ、

「レモン汁入り甘い紅茶」
という名称がしっくりくる液体だった。

それが、口腔内に流れ込み、
鼻腔内を充満した。

正直驚いた。
 
 
 
しかし、
さらに驚いたのは、そのちぐはぐなレモンティーも、
飲んでいるうちにやがて慣れてきて、
そのアッペトッペな渦の中に放り込まれてしまったことに当惑しながらも、

「まあ、これはこれでいいかな。」

という、諦めにも似たような連帯感を持つに至ったということだった。
 
 
 
つまり、私の誤解はそこにあった。
普通のレモンティーは、紅茶とレモンと砂糖の織り成す舞台を、
観客である自分が鑑賞し、味わうものだと思っていた。

しかし、その店の紅茶はそこから違っていたのだ。

シブイ紅茶とスッパイだけのレモン汁と凡庸な砂糖の作り出した混沌に、自らも参加することによりさらに混濁する状況を、共に乗り切ってゆこうというテーマのメニューだったのだ。

そういった意味では、
非常に飲み甲斐に富んだメニューと言えた。
 
 
  
私は深く感銘を受けると同時に、 
 
人間、過酷な理不尽を受け入れるには、
「慣れ」と「連帯感」こそが最高の麻酔になり得るのだと、
再認識したのだった。

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