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傘袋の問いかけるもの

E0845

雨の日に、
少し大きめのスーパーや飲食店などの入り口に必ずと言っていいほど置かれているのが、

「傘袋」
である。

用途は、まあ、殊更言うまでもありませんが、
屹立し、濡れそぼった傘を挿入。
その飛沫によってもたらされる、大事な人や、
その周囲への多大な迷惑、被害を防止する効果がある。
(ただし、100%の効果を保障するものではない。)
 
まさに、大人としての身だしなみというか、
品位が問われるエチケットと言える。
 
 
 
しかしアレですね。
傘袋というものは、
どうしようもなくバツの悪さが付きまとうものですね。

傘の水気を簡単に飛ばして、施設に入る。
ヒョロヒョロと垂れ下がる傘袋から一枚引き取る。

歩きながら装着したのでは意味がありませんから、
どうしたって入り口付近で立ち止まって傘袋に取り組むことになる。

この位置が恥ずかしい。

次々に歩き去る人々。
そのほとんどが「傘袋」に目もくれない。

意外なことに、世間の傘袋装着率はそう高くないらしい。
みんな、「ナマ傘」から雫をポタポタさせている。

きっとあの人たちは、傘の扱いに慣れすぎてしまって

「今日は大丈夫。」とか、
「水気を外で出したから大丈夫。」

とか思っているのだ。

慣れって恐ろしいですね。
油断って怖いですね。
 
 
 
そんな人たちを横目に見ながら、
ヒラヒラと主体性のカケラもない袋の入り口に傘の先端をあてがう。
ビニール袋の入り口がなかなか開かず、
おぼつかない手つきでようやく先端を入れたと思ったら、
今度は傘の水気がビニールの内部で抵抗を起こし、
動かないわヨれるわの大騒ぎとなる。

この一人モタモタが恥ずかしい。

ついに装着たらしめたあとの、
ベタベタになった手もつくづく情けない。

このように、傘袋の装着というのは、
どう取り繕っても、洗練されない行為と言える。
 
…言えるのだが。

思うんです。

傘袋は我々に問いかけているのではないだろうか?

世の中がひたすら便利なもの、洗練された行為、
それだけを追い求め続け、
いつしかどこかに置き忘れてきた「何か」を、
傘袋はその存在をもって問いかけているように思えてならない。

そう考えると、入り口付近に突っ立っているあの姿が、
なんだかとても崇高なものに映り、
物言わぬそれこそが、
沈黙という名の雄弁を轟かせているような気さえしてくるのである。
 
 
 
しかし、どんなにまっとうな意見でも、
相手に伝わらなければ意味を成さない。

傘袋側にも少しは歩み寄る姿勢が必要だとも思うので、
最後に「もう一工夫」を提案して
今回の記事を終わりたいと思います。

E08452


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