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動悸の桜

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年年歳歳花相似 歳歳年年人不同
~年々歳々花相似たり、年々歳々人同じからず~

                 「代悲白頭翁」 劉奇夷

 *

我が家から3kmほどのところにある公園の一角。
用事で前を通りかかり、そこでドキドキするほど満開の一瞬を見つけたため、わざわざカメラを取りに帰り、大急ぎで撮った写真です。
時間があれば、ポットとカップとティーパックを持ってきて、桜を茶菓子にお花見と行きたかったのですが、石窯に火を入れてピザを焼くというタイムリミットが迫っていたので、叶わぬ夢でした。

それでもいい風景が撮れました。
時間が無い時の一瞬だけの風流というのも、またいいものかもしれませんな。

他の画像は、右のフォトアルバム「彩雨」の方に載せておきます。

・・さておき。

この詩は、「花は年を重ねても似たような姿だが、人は歳を重ねると目に見えて老いてしまう。」という事らしいですね。
しかし、私はちょっと違う解釈も出来ると思います。
「花は年を重ねても似たような姿だが、人は歳とともに変わることが出来る。」
とも取れないかと。

毎年、桜を見るごとに、「去年よりは、ちったーマシになっただろうか」と自問自答するのも、花見の楽しみではないかと思うのですが。

つまり、「老いる」ではなく、「歳を重ねる」です。

はい。

では、最後にいつもの「屁短歌」を。

 *

消息を突然絶った知り合いは南にいたのか おかえり桜

~寿~

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