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2004年4月

試作品

016

新しいカップの試作品が焼きあがった。
今までは取っ手の部分を手伸べして綺麗に仕上げていたんだけど、
今回は取っ手は取っ手で別に挽き上げて、ひん曲げてブチャ!とくっつけてみた。

本体も、わざと切ったり貼ったりして土の柔らかさを強調してみた。
これが触ってみると手触りが面白い。
成功と言えよう。

こういうものが、これからの自分の作風になればいいなと思う。

見て面白く、触って楽しく、使って気持ちいいもの。
難しいけどさ。

目指す。

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お菊さんご一家作品

015

お菊さんご一家の作品。
さすがにもう何度もされているベテランなので、皆さん上手です。
私の教え方がよか・・

いえ、なんでもありません。

こちらの子供さんたちは、私のピザを世界一美味しいと言ってくれましたので、大好きです。
そんな世界一なんて誉めすぎだよ~。
世界一なんて。

まあ、いいトコアジア一かなあ~。
と謙遜してみたり。

すみません。
ウソです。
精進しますとも。

今後ともご贔屓に~。

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肌着は見せるもの?

The evening star : 「身近な賛否両論」より

毎年思うのですがね。
あのキャミソールとかの、薄着の服装は見ている方が何故か恥かしくなってしまう。
下着だもんねえ。

おっちゃんドキドキしちゃうわあ。

月並みな言い方をすれば、「目のやり場に困る」ですよ。

014

個人的な考え方としては、「下着は見せるものではない」と思う。
「見せる」でなく、「見えちゃった」方が絶対オトク感がある。
その方がグッとくる。

・・・

・・・いや、エヘン。
もとい。
好きでもない人のそれを見ても、別にどうという事もないんだけど、やっぱし恥かしい。
でも、見ちゃう。(哀しいサガよね・・)

涼しさを追求するなら、肌を露出しなくても断熱して、風通しの良いものを着たほうがよっぽど涼しいんだし、肌にもいいはずだ。
(そんなこと言われなくても分かってるんだろうけど。)

ファッションってことは、「見せるため」の要素も入ってるって事だろうからさ。
こういう物騒な世の中な割に、あまりに無防備すぎて心配になるなあ。
他人でもそうだから、身内なら「やめたら?」って言ってしまうだろう。
老婆心ながら。
いや、男だから老爺心か。

部屋着とかならいいけど、外着だとなあ・・。

女性の体というものは、よっぽどぽっちゃりとか、スレンダーでない限りは大抵美しいものなんで、ことさら露出して強調しなくても・・と思ってしまう。
やっぱしイラストとか描いてても、女性の体ってのは面白いもんね。
絵描きの端くれの意見としては。

あと、「健康的」ってのもね。
よく、クルマに乗ってて女子高校生とか見かけるんだけど、なるほど見てくれはオシャレで、むやみにスカートも短いんだけど、歩き方が「づ~らづ~ら」ってドカベンの殿馬みたいな擬音が聞こえるほどだらしない歩き方をしているのが多くて、ファッション云々の前に、もう少しその辺を磨いた方が健康的に見えるのでは?と思ってしまう。

だから、一意見として。

①「見える」より「見えちゃった」の方がオトク!(当社比)
②砂漠ではスーツが一番活動しやすい!
③貴女方は、「女」というだけで充分美しい!
④格好よりも仕草、たたずまいの方がポイント高い!
⑤下着ファッションは、用法用量を守りご利用は計画的に!

おっちゃんとの約束だ!(誰が?)

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銀色夏生

銀色夏生という人の詩集「散リユク夕べ」を読んでる。
以前書いた「頭をカチ割られた一文」で興味を持って、さっそく図書館で見つけて借りてきたんだけど、これは素晴らしいな。

静かに前向きで。
かしこいんだけど、分かってるんだけど、愚かしいような。
ちょっと切なくて泣けてくるような。
泣きませんけどね。
男の子だもん。

言葉を上手く練りこめる人って、いいなと思う。
少ない言葉で、余計な飾りも無く感動を呼び起こせるというのは、芸術だ。
私にはその才能は無いけれど、せめてその感動を素直に言える人間でありたいとは思う。

でも泣かないよ。
男の子だもん。

では、最後に銀色先生の詩をちょっとパクった(笑)短歌を。

 *

言葉では伝えられない事がある いつかそこまで君と行けたら

~寿~

 *

・・う~ん・・

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少林サッカー観た!

テレビでやっていた「少林サッカー」を観た。
劇場に観に行こうかと思うほど(行けば良かった)観たい映画だったので、とても楽しみにしていたのだ。
感想は・・

期待以上でした!

うはははははははは!!!
ああいうとことんまで馬鹿馬鹿しい映画は大好きです。

サッカーらしいやり取りはほとんど無く、かといって少林寺拳法もそんなに出てこないという。
前半の、主人公チームの人たちのヘタレぶりも、中国っぽくて非常に分かりやすくて良い。
いちいち細部が安っぽいんだけど、それがまた妙な味になっていて、かなりツボにはまりました。

馬鹿馬鹿しくて、いっそすがすがしい。
後味のスッキリした映画だったと思います。

・・まあ、「あー、おかしかった。」で終わってしまいますが。
個人的には大いに結構だと思いますね。

あと、ヒロイン(?)のムイ役:ヴィッキー・チャオさん。
個人的にいいなあ~と思います。

饅頭屋の時の方が絶対イイと思うのですが。(笑)

全体に、次はこうなるんだろうなあ・・というのが分かってしまうのですが、勢いで見せてしまうという。
今、知ったのですが、監督は主役のチャウ・シンチーという人なのですね。

「少林サッカー2」も作るとの事なので、今度は是非、映画館まで観に行きたいと思います。

ああ、面白かった。

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しあわせ

シアワセに出来る自信は無いけれどシアワセになる自信ならある

~寿~

 *

自分はシアワセだと思う。
無いのはお金くらいなもので、五体満足だし、顔もそんなに不味くはないし、頭もビックリするほど悪いというわけでもない。

周りの人はいい人が多いし、仕事も楽しいし、彼女もいるし、それがまた良い女だ。(これは自慢できる)

無いのはお金だけだ。
うん。

「シアワセは、なるものではなくて感じるものだ」

って長渕剛さんが歌っていた。

そうだねえ。
そのとおり。

「貧しい人とは、多くを持たない人ではなく、もっと欲しがる人だ」

と、なんかの本に書いてあった。

そうだねえ。
そのとおり。

私はシアワセ。
シアワセを噛み締められるから。

シアワセだなあ~・・。

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究極の「核」平和利用法

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今日は20℃以上まで上がる好い日和。
布団を干して極楽への準備をしました。

干したての布団で眠るというのは、恐らく極楽へもっとも近い瞬間の一つでしょう。

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動悸の桜

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年年歳歳花相似 歳歳年年人不同
~年々歳々花相似たり、年々歳々人同じからず~

                 「代悲白頭翁」 劉奇夷

 *

我が家から3kmほどのところにある公園の一角。
用事で前を通りかかり、そこでドキドキするほど満開の一瞬を見つけたため、わざわざカメラを取りに帰り、大急ぎで撮った写真です。
時間があれば、ポットとカップとティーパックを持ってきて、桜を茶菓子にお花見と行きたかったのですが、石窯に火を入れてピザを焼くというタイムリミットが迫っていたので、叶わぬ夢でした。

それでもいい風景が撮れました。
時間が無い時の一瞬だけの風流というのも、またいいものかもしれませんな。

他の画像は、右のフォトアルバム「彩雨」の方に載せておきます。

・・さておき。

この詩は、「花は年を重ねても似たような姿だが、人は歳を重ねると目に見えて老いてしまう。」という事らしいですね。
しかし、私はちょっと違う解釈も出来ると思います。
「花は年を重ねても似たような姿だが、人は歳とともに変わることが出来る。」
とも取れないかと。

毎年、桜を見るごとに、「去年よりは、ちったーマシになっただろうか」と自問自答するのも、花見の楽しみではないかと思うのですが。

つまり、「老いる」ではなく、「歳を重ねる」です。

はい。

では、最後にいつもの「屁短歌」を。

 *

消息を突然絶った知り合いは南にいたのか おかえり桜

~寿~

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エクス急須ミー

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本日は、急須の組み立てをしていました。
急須を作るのは楽しい。
でも、パーツが多くて大変。
何しろ、
①本体
②フタ
③取っ手
④口

ですからね。
16個分作ったのですが、16×4で64個のパーツですよ。
それを組み合わせるのは面白いんですけどね。

久しぶりに作ったせいか、バランスがあまりよろしくない物が目立ちます。
作り直しかなあ・・。

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日記と短歌と私

KARINさんのblogから「日記と歌人と日本人」というトラックバックを頂きました。
その一文なのですが・・

日本人の心の底に、日常、何かを書き綴りたい心と歌詠み心のようなもの・・・は、民族的にも、どこかえにしが深いのかもしれないとも感じる。

なるほど。
日本人のDNAの中に刻み込まれた「もの書き魂」ですな。
飽くまで自分の意見なのですが、日本人が文章を書きたくなるのはおそらく、「日本語」と言うものの表現の自由さ、面白さだと思います。
文字の羅列だけで、まるで音曲のような旋律を感じたり、
「書」のように字そのものを絵画のように用いたり、
きめ細かい「それ専用で、しかも的確に的を射ている表現」が多いという事など、
思わずそれを使いたい!書かずにはいられない!と思わせるような魅力、魔力みたいなものがあるんじゃないかと。

まあ、モノによっては遠まわしな暴露本だったり、単なるボヤきだったりもしますけど。(笑)

短歌や俳句などの「歌」に関しては、私も最近凝っていますので、色々考えます。
まあ、当方も「枡野浩一のかんたん短歌blog」にて「現代短歌」に出会い、読んで感動するだけにしとけばいいのに、「興味があったら自分でもやってみる!」という性分から、本当にヘタなりに作っているのですがね。


「歌」と言うものは、多分、恐らく、シロウト考えですが、「言葉を練る」事だと思うのです。
よく「紡ぐ」とか表現しますが、敢えて「練る」ではないかと。
日常をよく観察したり、表現したい気持ちを見つけて、5・7・5・7・7にハメ込むわけですが、ただハメるだけではダメで、リズムとか、言葉の順番とか、それを誰にでもわかる言葉で、的確に、面白く表現するというのは、ぐっちゃぐっちゃと練り込む作業に似ているな・・そこが面白いな。と思うわけです。

そうやって考えていると、日常のなんでもないこと、誰もがやる共通体験ほど「面白い表現」が隠されているんだろうと思えてきて、いちいち立ち止まって考える・・というちょっとだけ濃密な時間が過ごせるというのが良いんだと思います。

さて、そんなんでまた、ヘタな短歌略して「屁短歌」を。

 *

いつか出るスゴイ一首のカプセルを狙って今日もガチャガチャひねる

~寿~

 *

まあ、中にそのカプセルが入っているかどうかはまた別の問題ですがね。(笑)

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ぶっちゃけていうと

自慢するほどの事件もかなしみもありませんけどそれが何か?

~寿~

 *

「枡野浩一のかんたん短歌blog」参加作品その2。
字足らずです。
字足らずはダメとは書いていませんでしたので。

28年間生きてきて、失敗も、失恋も、失業も、失禁も、失敬も、失策も、失調も、ほとんど経験した事がありません。
いや、あったのかも知れないけど、感じなかったのかな。

だからと言って、「大きな失敗すると崩れやすいヤツだろうな」なんて思わないで下さい。
どんなに悲しくても、悔しくても、怒っても、心のどこかで「落としどころ」を計算しているだけです。

多分、そういう人結構多いんじゃないかなあ?
だって、そういうものって、自分で「底」を設定しないと、ビョーキになるだけだもん。
その「底」が浅目に設定してあるだけ。

だから、それなりに色々あっても、あんまし深刻に考えない。
最近は例外も出来たけど。

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作家になる人は・・

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作家になるというのは、「なるひと」はほっといてもなるものだと思う。

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頭をかち割られた一文

あなたは正しい

けれど

正しさには限界がある

正しさの中にいるあなたからは

とどかないものがある

そうじゃないだろうか

                 銀色夏生「詩集 散リユク夕べ」より


実は、この本、まだ読んでません。
枡野浩一さん(先生の方がいいか)の「君の鳥は歌を歌える」の中で紹介されていた一文。

頭をかち割られるような。
肝をグイっと締め付けられるような。
そんな衝撃を受けた。
朝のトイレで、下半身を剥いたまま打ちのめされた。

もっと早くこの文章に出会っていれば、少しは違う人間になれたかもしれないと、そう思ってしまうような一文だ。

自分が正しいというわけじゃなく、
大多数の人間にとって都合のいい「正しさ」を、「自分の正義」として押し付けている自分に、
冷ややかに突きつけられた一言。

ひ弱な背骨を見透かされたような恥かしさ。

認めないのは簡単だから、もっと打ちのめされよう。
今まで逃げ回った分くらいは。

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当たらない問題

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恋する電話

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バースデー母ちゃん

「年齢は?」「二十歳」と答えるウチの母そろそろ「残り」を言うのはやめたら?

~眠龍~

 *

敢えて解説はつけないけれど、わかります?
サバ読んでるわけじゃないんです。

今日、4月8日は母の誕生日。
なんとお釈迦様と同じ誕生日なんですな。

いつまでも元気で長生きしてください。
・・するだろうけど。

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殺伐幕末爆発角膜(?)

三回言ってみてください。

行きますよ。
サツバツバクマツバクハツカクマク、
サツバクバクマツバクハツカクマツ、
サツバクバクマクバツハクカツマク。

まあ、ざっとこんなモンですよ・・。

幕末。

ちょっと今(さら)ハマってます。
まあ、結構皆さんは中高生の頃ハマった!という人が多いんですがね。
わたしはその頃違う事に興味があったので、こっち方面にはとんと疎かったのですよ。

いえね。
NHKで「新撰組!」が始まったから、とかそういうのではなく。
とあるサイトで、「竜馬がゆく」で人生観が変わったとかいうのを見て、
「そんな面白いんかいな?」と思い、買ってみようかとは思ったものの、「竜馬」は全8巻の長編小説。
そろえるのにも一苦労だなあ。と。
いう事で、とりあえず故・司馬遼太郎先生の「燃えよ剣(上・下)」を衝動買いしたのが発端でして。

恥ずかしながら、読み始めた頃なんて、「ジョーイってなんだ?」というような体たらくでしたからね。
興味のあることは追求するけど、無い事は全然知らないというわたしの弱点をモロに露呈してしまった格好で。

だもんで、「幕末維新の歴史地図」などを読んで、おおまかな流れを勉強するところから始めなければならなかったわけです。

「新撰組」は、結構話としては暗かった(まあ、敗軍の話だからね。)ので、イマイチハマレなかったのですが、その次に読んだ(今読んでいるところ)「竜馬がゆく」で見事に来た。
とりあえず1巻だけ買って、読み始めて、その日のうちに残りの7冊を買ってきましたから。

なんて面白いんだと。

すっげ面白い。

今まで読まなかったのを悔やんだくらい面白いじゃないですか。

これは、それぞれの人物の視点から追うという事で、一通り読みたいと思いますね。

新撰組、土佐の竜馬ときて、次は長州の高杉晋作に行き、いずれ桂小五郎(キャラ的に好き)、薩摩の方の西郷さん、大久保さんも読みたい。
勝海舟もいいですなあ。
(キャラ的に好き)

外国の侵略の脅威にさらされながら、奇跡的な道の積み重ねで国を統一し、それらを成し遂げるために奔走しながらも、結局はその事が成ったために自らの存在意義を失った武士などなど。

なんて劇的な時代だろう・・と。

感動しますな。

まあ、一気に掻き込まず、ゆっくりと噛み締めながら読み進めていきたいと思います。

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読書スタイル

何かをしながら本を読む。

わたしは読書というものは、「それだけする」ということにもったいなさを感じてしまう。
何かをしながら、そのちょっとした隙間に目を落とし、読む。

例えば、
運転中。
信号に引っかかったらページをめくる。
信号が変わったら、他の車が動き出す音がするので、助手席にバサ!と伏せて発進する。

たまにやるテレビゲーム中。
ロード時間がもったいないので、その間に読む。
そん時は、テーブルの上に読んでるページを開き、ちょっと重いもので止めておく。
目線を落とせばすぐに読めるといったスンポーだ。

トイレタイム中。
ハミガキ中などなど。

マトモに本だけ読むのは、寝る前くらいなモノだと思う。

まあ、すでにお気付きの事とは思うけど、
とにかく読み汚い。

読み終えた本は、全部バッサバサになってるし、折り目も付けるし、カバーの端っこはヨレヨレか、切れてる。
シオリはすぐになくす。
読み終えた本は本棚には戻さないで、その辺にポイしとく。

帯も、本屋で買って、駐車場で袋をビリビリ破り、帯を剥ぎ取ってそのままゴミ袋へポイ。
次の信号待ちで読み始めるんだから、邪魔なだけだもんね。

一応、本棚はあるんだけど、縦に並ぶべき本が横に寝ていて、しかも文庫本から陶器の図鑑まで大小メチャクチャに入っているものだから、隙間はあるけど入らないという状態に陥っている。

そんなだから、他人から本を借りるという事は極力避ける。
読むことに集中したいし、でも折り目はつけられないから読んでいて緊張する。
結局楽しめない。
やはり、本は自分で買うのが一番だね。

ほんで、冊数はなかなか増えない。
横道に逸れてしまうからだ。
歌集を読めば、読んでる最中から自分で短歌を作り始めるし、
歴史小説を読んでいて分からないことが出てくると、歴史全体の流れの本を買ってきてそっちに逸れてしまう。

同時に何冊も読むものだから、内容がごっちゃになることもしょっちゅうだ。

まあ、よーするに。
読書ってのは、それだけをやるのは退屈だと。
あと、本は消耗品だと。

そういうことだね。

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人任せにすんな。

あまりに馬鹿馬鹿しい話なので、言いたかないけど、
子供が怪我をしたから遊具を使えなくする、撤去するってのは、火事になると危ないから火を使わないってのと一緒で、何の足しにもならん事なんだな。

危なくない使い方、遊び方を教えるのが本当。
今朝のニュースで言ってた、飛行機型の遊具のプロペラ部分にブラ下がっていて落ちたとかね。
あの高さで、それをやったら普通に危ないだろと。
まあ、俺らの時もそういう事したし、同じように落ちたりして怪我もしたけどね。
そういう時は、ウチに帰ると隠したもんだよ。
だってバレたら怒られるもの。
「気をつけないお前が悪い!」って。
怪我するわ、怒られるわで、散々だから、ああ、気をつけよう・・と骨身にしみるわけで。

勿論、壊れていて気付かずに事故になったのなら管理者の責任だけどね。
間違った遊び方をして事故になったのなら、自分の責任だし、
小さい子なら、見ていなかった、注意しなかった親の責任だよ。
子供に責任なんて分からないんだから・・なんて、違うよ。
小さい頃から、最低限自分の身を守る「責任」を、一番小さな責任から教えていかないと、ホント無責任な人間が出来るよ。
自分に責任が持てない人は、他人に対して責任持てるわけないしね。

壊れてない遊具で怪我したからって騒ぎ立てるのは、
考え方が「肥るからファーストフード店のデカイサイズを無くせ」とわめくバカな某国人と一緒だよ。思考・判断を人任せにしない方がいい。
責任をとにかく人になすりつけるのも良くない。

報道の仕方もひどくヒステリックで、いちいち「答えありき」な感じがしてね。
おかしいよ。

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サタケさんの作品

T0002

そんちょのスンピョー:
こないだ、静岡に嫁にゆくサトウさんと来てくださったサタケさんの作品。
さすがにもう何度も来ているだけあって、多少のブランクをモノともしない安定感です。

ほとんど教えなくてもいいので、楽だったりもしますな。

サトウさん、サタケさん、オオタさん。
それぞれ違う道を歩み始めたようですが、またいつの日か皆さんで遊びに来てほしいものです。

ああ、サタケさんは近いんだから、しょっちゅう来てくださいね。
CB400に乗って。

お待ちしてますぜ。

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ヨシハラさんご一家の作品

T0001

そんちょのスンピョー:
初めての方としては、大変上手ですね。
まあ、ワタクシの教え方がいいのでしょう。

・・・

・・・すみません。
調子コキました。

東京からはるばる来てくださった、ヨシハラさんご一家の作品です。
一枚あるお皿は、息子君の作品。
ハンコを押したところにうまい事釉薬が入って、いい皿になりました。

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練習はプレイじゃない。

こないだ、「ジャンクスポーツ」をちょこっと見ていたんだけど、

いやね。
裏っつーか、表?で「新撰組!」やってるから、どっちかっていうとそっちを見ていたんだけど、
ちょこっとだけ。

テーマは「ノルマ」。
そこでナントカっていうサッカーのゴールキーパーの人が、学生時代に、
監督に「この試合、5点獲れ」と言われたんだそうな。
つまり、それがノルマだと。
んで、見事獲ったら、残り何分だかに?今度は
「あと3点獲れ」と言われたんだそうで、それは獲れなかったんだって。

そしたら、ノルマを果たせなかったってんで、
すぐ電車で2時間だかの学校に帰って、試合後に100mダッシュ200本ですよ!

と、なんだかちょっと誇らしげに言うワケですな。

んで、司会の浜田さんが、「どー思います?野村さん(野球の監督の野村さんね)」と話を振った。

そこで野村さんはこういったんだね。

「練習というものは、本番で役に立つための練習で、試合後に100m200本?・・うっふっふふふふ」

すんごく同意。(笑)

それはさ。
練習じゃないもの。
監督の趣味。
プレイだもの。

だって、試合後にそんなキツイ練習したって、体壊すだけだよ。
まあ、また「精神力がどーの」とか言うんだろうけど、
わたしは、精神力が技術力を凌駕するという機会は、そう滅多にないと考えます。
その数少ない機会が劇的に見えて、大々的に公表されるから、「そうか、技術がなければ精神力だ」
みたいな事になるんじゃないかな?
実際の試合なんかは、殆どが実力どおり、順当に行くんでね。

「さらに上を目指すために、気を抜かないため」というのなら、余計に故障の危険性が高くなることは避けるべきだと思うしなあ・・。

やたらめったら練習するのは、ホント、いいことではない。
肉体は鉛筆と一緒で、削りすぎれば芯が折れて、一気に消耗が早まるんだからさ。
使う分だけ最小限削って、書いてまたちょっと削って・・その方が多く字が残せると思います。

どうだんべ?

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絵描きのこころ今いずこ

絵を描くのは好きだ。

「商売にしたい」とは思わないし、そこまでの才能は無い。
過去に、とある農協のお米を入れる袋のデザインを頼まれ、描いた事がある。
その絵は結構評判で、今でも流通しているらしいから、それは嬉しいんだけどね。

そりゃあ、昔は「漫画家になりたい」とか、「イラストレーターになりたい」とか、思ったことはある。
とにかく絵を描く仕事がしたくて、パースを習おうと、プロのパース描きの人に会ったりもしたけれど、
よーく考えてみると、「四六時中絵を描かなきゃならんというのは苦痛だな」と思った。

「描きたいと思った時に描く」のがやっぱし一番楽しい。

小中学校の頃、
わたしは授業中は殆ど「お絵かき」している子供だった。
始めはノートの上の余白に描き始めて、だんだん興が乗ってくると全体に及び、
ついには夢中になって先生が見ているのにも気付かず描きつづけ、
叱られることもあったし、慣れている先生にはあきれられたし、たまに誉められる事もあった。

中間や、期末の試験などでも、まあ、授業などは上のとおりだし、
勉強には元から興味が無かったので、成績は悪かった。
ウチで勉強するなんてことは殆どなかったし、テスト期間中もつらつらと教科書を読んで、勉強しているフリだけしていた。

テスト用紙にとりあえず知っている事だけ書いたら、見直しもしないでさっさと問題用紙を裏返し、絵を描く。
一度、テスト中に先生に見つかり、問題用紙を取り上げられ、

「・・・上手ねえ。」

と誉められた事もあるし、
答案用紙に描いた絵をうっかり消し忘れ、その絵に点数をもらった事もある。
(思えば、面白い先生もいたなあ。)

そんなだから、成績は学年でも中の下くらいをプラプラしていた。
勉強しなくても中の下だったんだから、勉強すれば中の上くらいは行けたのかも知れない。
まあ、そんなことはどーでもいいんだけどね。

今思うと、絵を描いていて「楽しいなあ~」と思えたのは、その頃が一番だったような気がする。
誰に見せるわけでもなく、ただただ自分の「描いていて気持ちのいいもの」をひたすら描いた。
「描きたくない」と思えば半年もまったく描かないこともあった。
今の絵は、どこか「人に見せたらどう思うかなあ」という事を意識していて、ひどく窮屈な感じ。

最近はめっきり描かなくなったけど、また描きたくなってきたなあ。

 *

ひさびさに
絵ごころみなぎる
左手に
油をさして
筆をすべらす

~眠龍~

 *

結局短歌になるというね。(笑)
これぁ病気だ。

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石窯ピザ

陶芸だけでは食っていけないので(笑)、ピザを焼いて売って、口を糊する。

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コイツはマイ・石窯。

火が燃えてるっつーのは綺麗だなあ。

石窯もそうだけど、ピザも、一枚一枚焼くたびに、新たな発見がある。
奥が深いぜ~。

004

現時点での手づくりピザ。
マイナーチェンジにマイナーチェンジを繰り返して、今はこの形になっている。

結構んまいよ。

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うずまき茶碗

002

今日は、昨日成形した茶碗の高台(茶碗の裏のワッカみたいな奴ね。)を削り出し、
文様を描いた。

ウチで出している「山菜おこわと野草のランチ」に使われる予定の茶碗。
名称は・・そうだな。
「いっちん渦巻き文飯茶碗」
といったところか。

「いっちん」ってのは、化粧土(白い泥しょう)をスポイトに入れて、ニュルーっと出して模様を描く事。
そいでぐるぐる~っとね。

一個だとそんなに面白くも無いけど、
沢山あると、なかなかに面白いな。

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決別

遠ざかる
わたしの中の
君の目に
涙も枯れて
訣別を知る

~眠龍~

 *

あんなにもわたしの心に根ざし、永遠を信じたこころも、
今では遠くに去ってしまった。

もう、君を見ても何も感じない。










パチンコの話。
全然興味無くなったなあ~。

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ポットを作った

001

まあ、何気なく・・
最近短歌ばかりだから、たまには趣向を変えて、私の「今日のお仕事」みたいなものを。
取引先の陶器屋さんから注文されているポットを作った。

7つ作って、成形に1時間、組み立てで2時間くらいかな。

作って必ず売れるもの、出来上がりを待っていてくれるものってのは、ありがたい。

まだまだ下手な部分もあるけど、精進あるのみだ。

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窮鼠ホゾを噛む

人と人繋げるちからを縁といい縁の跡には絆が残る

~寿~

 *

前のblogにも書いた事の焼き直し。
よろこびもかなしみも、愛も情けも憎悪も無関心でさえ、
人とかかわり、縁を繋いだ跡には絆が残る。

良い絆が残せればそれでよし。
悪い絆でも、無いよりはマシ。

 *

他人事と避けて通った道の果て厄が追いつき窮鼠ホゾを噛む

~寿~

 *

「窮鼠猫を噛む」のは、ネズミに底力があった場合で、
力を培わなかったネズミは、追い詰められてもホゾを噛むだけなのかもしれない。

以上は
自戒です。

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敗戦…

「強さ」とは
一つ一つを
勝ちにゆく
「次」を思えば
「次」は無くなる

 *

東北高校。
「たら」「れば」は禁句だって分かっていてもね。
ダルビッシュをクローザーにして、同じ結果ならしょうがない。
結局、勝負の最中に「次」を考えた時点で、東北は負けていたんだな。

昔から、戦いは「最悪の状況を予測しなくなった時点で負ける」と思う。

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短歌たのし

君のもつ悲しみひとつ分からないわたしがもっと強かったなら (篠田 勘太)

いきなりしんみりするような短歌ですが。(笑)
実は、昨日からの短歌マイブームは、「枡野浩一のかんたん短歌blog」に影響されてだったのです。

んで、今回のお題は「かなしみ」。
さっそく参加しましたとも。

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ツナ

つながりを
つなぎなおして
つなわたり
つなをたぐって
つながりあう

 *

繋ぐってこと。
私は下手です。
彼女は上手い。

お互いに一長一短だけど、
つながってれば大丈夫なのかもしれない。

多分。

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